大判例

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佐賀地方裁判所 昭和28年(行モ)2号 決定 1953年8月31日

佐賀県三養基郡鳥栖町大字鳥栖

申請人

楢林栄

外別紙目録の通り四十六名

右代理人弁護士

原憲治

今泉三郎

練山博

佐賀県三養基郡鳥栖町

被申請人

鳥栖税務署長

永野猛雄

唐津市城内

被申請人

唐津税務署長

猪股正博

佐賀市中ノ小路

被申請人

佐賀税務署長

佐藤照治

右被申請人等指定代理人

副島伊八

大神哲成

被申請人

右代表者法務大臣

犬養健

右指定代理人

家弓吉己

小倉馨

右当事者間の昭和二十八年(行モ)第二号行政処分執行停止申請事件について、当裁判所は被申請人等の意見を聞いた上次のとおり決定する。

主文

本件申請を却下する。

理由

申請人等は被申請人等に対する当庁昭和二十八年(行)第八号及び第九号所得税決定処分無効確認請求事件の本案判決に至るまで被申請人鳥栖税務署長永野猛雄が別紙目録記載(1)乃至(9)の申請人等に対し、被申請人唐津税務署長猪股正博が別紙目録記載(1)乃至(18)の申請人等に対し、被申請人佐賀税務署長佐藤照治が別紙目録記載(19)乃至(47)の申請人等に対し、それぞれ発した所得税督促状に基く差押公売処分をなすことを停止するとの裁判を求め、その理由の要旨は、申請人等はいずれも中小企業等協同組合法により設立せられた法人である共栄企業組合の組合員であつて、本件所得税決定処分の基礎とせられた事業所得は、申請人等が右組合の従業員として担当する各営業所の事業に関するものであり、従つてそれは右組合の所得であつて、単なる使用人に過ぎない申請人等の個人所得ではあり得ない。しかるに被申請人税務署長等はこれを申請人等の個人所得として所得税決定をしたものであるが、右の理由によりそれは当然無効の処分といわなければならない。そして申請人等は既に本件所得税につき納付期限を指定してこれが納付を命ぜられ、右期限経過後は財産差押処分に出ずべき旨の通知を受けている。若し財産の差押を受け公売に付せられるときは、申請人等は生活手段を奪われ、経済的にも精神的にも回復することのできない損害を受けることとなるので、右損害を避けるため本申請に及ぶというのである。

しかしながら申請人等主張の本件所得税決定処分における申請人等に対する各決定所得税額その他一件記録に徴し本件におけて申請人等が滞納処分の結果償うことのできない損害を蒙る恐れがあるということ並に右損害を避けるための緊急必要性があるということについては、未だこれを認めることができない。

よつて本件申請は失当としてこれを却下すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岩永金次郎 裁判官 富川盛介 裁判官 小川正澄)

(別紙目録登載省略)

(参考)

1 行政処分執行停止申請

佐賀県三養基郡鳥栖町大字鳥栖

申請人 楢林栄

(他四十六名別紙目録の通り)

同 同 同大字藤本

右訴訟代理人弁護士 原憲治

佐賀市中ノ小路 五六

同 同 今泉三郎

福岡市土手町 八

同 同 練山博

佐賀県三養基郡鳥栖町

被申請人 鳥栖税務署長 永野猛雄

唐津市城内

同 唐津税務署長 猪股正博

佐賀市中ノ小路

被申請人 佐賀税務署長 佐藤照治

東京都千代田区霞ケ関一の一

同 国

右法定代理人 法務大臣 犬養健

申請の趣旨

申請人らの被申請人国に対する御庁昭和二十八年(行)第八号及び第九号所得税決定処分無効確認請求事件の本案判決まで

一 被申請人鳥栖税務署長永野猛雄が別紙原告目録記載の(1)から(9)までの者達に

二 被申請人唐津税務署長猪股正博が別紙原告目録記載の(10)から(18)までの者達に

三 被申請人佐賀税務署長佐藤照治が別紙原告目録記載の(19)から(47)までの者達に

それぞれ発した所得税督促に基く差押公売処分をなすことを停止するとの裁判を求める。

申請の理由

一 申請人等は主たる事務所を福岡市大字住吉字過上田千五百八拾五番地の九六、九七に従たる事務所を下関市外浜町参拾五番地、福岡市大字住吉字過上田千五百八拾五番地の九六、九七、佐賀県三養基郡鳥栖町大字鳥栖七百拾弐番地、熊本市花畑町六拾七番地、宮崎市黒迫町一丁目五番地、別府市大字別府参百八拾壱番地の弐、東京都中野区本町通り参の弐に置き

一、製粉、製麺、製菓、精米、醸造、農水産物加工、燃料その他の加工及び製造

二、食料品一切、金物、履物、化粧品、石鹸、医薬品、書籍、文具、衣料品一切、その他の販売

三、機械器具の製作及修理、被服の仕立及修理、家屋の修築補修及びその他の修理

四、運輸、土木、建築、電気、水道工事、写真、映画、演劇、美容、食堂、医療、クリーニング、染物、保険代理業、質屋業その他の自由業

五、前各号の事業に附帯する事業

の目的を以て設立された中小企業等協同組合法による企業組合の一種である共栄企業組合員である。

二 申請人らは別紙原告目録記載の年月日に(本訴状添付のもの)共栄企業組合に加入と同時に当時申請人らが個人で経営していた営業に関する一切の財産権を右組合に譲渡し組合の経営する事業の一責任従業員として、組合事業に従事して来た。

三 申請人らは組合加入の当時より現在に至るまで、夫々所定の給与を組合から支給され、この間毎月一日に右組合より申請人の受ける給与所得額に応じた給与所得税額を中小企業等協同組合法第八十一条によつて所轄税務署長に納付して来た。

四 しかるに被申請人税務署長らは昭和二十八年二月五日付書面等で夫々管轄下にある申請人らに対して『国税局から「今回反則嫌疑で貴方が加入しておられる共栄企業組合の実態を調査した結果によると企業組合の本姿にそわない諸種の事実が判明した」旨の通知がありましたので、貴方が企業組合に加入してから営んでいる事業によつて得た所得は所得税法第九条第四号の所得(事業所得)として課税することになりますから念のため通知します』という趣旨の判定通知を申請人らに送達して来た。さらに被申請人税務署長らは申請人ら各個人に対して昭和二十七年分所得税決定通知書を発し事業所得税並びに過少申告加算税、無申告加算税の更正決定をなしその決定書はそれぞれ申請人に送達された。

五 然しながら共栄企業組合は昭和二十五年六月拾日中小企業等協同組合法により設立された法人であつて申請人らはその組合員である。従つて申請人らの担任している営業に関する業務は組合の業務であつて申請人が独立して営んでいる業務ではない。

六 被申請人は過去三ケ年間総べての納税事務を通じて――申請人が右組合に加入した年度の徴税について加入前は個人の事業所得税として、又加入後は法人の従業員の給与所得の源泉税を徴収した事実等――申請人を共栄企業組合の従業員として認定し申請人から給与所得税を徴収していた。此の被申請人の徴税方針を変更するについて被申請人は只前記四項記載の如き通知書を一般的に発送したのみである。而して右通知書は単なる通知書にすぎないものであつて申請人らを法的に強制する効力をもつものではない。依つて之により被申請人らが新たに申請人ら個人に対し所得税を賦課する権限を持つに至つた根拠にはならない。依つて被申請人らは何ら適法の根拠なくして少くとも昭和弍拾七年分については既に弍拾七年分所得税を支払つてしまつた申請人に対して二重に所得税を賦課したものであり、又従業員としての給与所得を課税対象とすべきものを一方的に事業主として独断して申請人に所得税を課している違法があるので申請の趣旨記載の所得税決定処分無効確認の訴訟に及んだ次第である。尚仮に被申請人らが本決定をなすにあたつて現行税法の解釈上一片の判定通知書によつてその徴税方針を変更することが許されているとしても、本件の如く既に三ケ年間も数度の申告調査認定の段階を経た徴税行為につきその行為の行政上の責任や変更についての具体的事実に基く説明並びに変更をなしうる法的根拠につき納税者の了解を得ることなく、ただ半脅迫的な文章を発行したのみで、個々の組合員の具体的な組合加入の事情及び財産の組替えの譲渡或は其の後の組合業務に従事している各組合員の特に本訴原告の業務の内容等につき納得の行く説明がなされていないのであつて、全く専制的一方的な本決定は徴税権の乱用であり、無効であるから、その無効なることの確認を求める旨の行政訴訟を昭和弍拾八年五月弐拾七日及び六月拾九日を以て御庁に提起している。

一一 しかるに被申請人らは右のような事情を無視し、申請人らに対して納付期限を指定して個人としての所得税決定通知による金額の納付を命じ納付期限(早いものは昭和弐拾八年五月弐拾八日)が過ぎれば財産差押処分を行うと通知して来た。従つて右期限を過ぎれば申請人の提出した行政訴訟が勝訴になつても申請人らの担当している営業に関する一切の組合財産及び申請人ら個人の財産は差押公売に付され申請人らの生活手段は全く奪われて経済的にも精神的にも回復することのできない損害を受けることになる。

右のとおりであるから申請人らは将来償うことのできない損害を避けるため申請人らの提起している所得税決定処分無効確認請求事件の判決確定に至るまで所得税納税督促状に基く差押公売処分をなすことの停止を求めて本申立に及ぶ

疏明方法

一 事業主体が共栄企業組合(法人)であつて申請人ら個々人でない事実に対する疏明書類

1 被申請人が申請人を組合従業員と認めていた証拠として

疏明甲第一号一、二 源泉領収証(給与所得の徴収義務者指定番号付)

2 申請人が組合従業員であり事業主体は共栄企業組合であることの証拠として

疏明甲第二号 共栄企業組合定款

疏明甲第三号 出資証券

疏明甲第四号 賃貸借契約書

疏明甲第五号 身元保証書

疏明甲第六号 権利確認書

疏明甲第七号 委任契約書

疏明甲第八号一-七 期末財産確認証(計数表六葉共)

疏明甲第九号 商号写

疏明甲第拾号 営業用印の印影

疏明甲第拾壱号 辞令

疏明甲第拾弐号一、二 経理事務処理要領、同別冊

3 その他の証明書類

疏明甲第拾参号 昭和弐拾七年所得税決定通知書

疏明甲第拾四号 所得税納税督促状

疏明甲第拾五号 諸規定集

疏明甲第拾六号 判定通知(申請理由第四項の事実)

疏明甲第拾七号 調査額通知書

添付書類

一 疏明方法記載の各証拠書類写

一 委任状 三通

昭和二十八年六月二十日

右申請代理人 原憲治

同 今泉三郎

同 練山博

佐賀地方裁判所御中

2 意見書

申請人 楢林栄(外四十七名)

被申請人 佐賀税務署長(外三名)

右当事者間の御庁昭和二十八年(行モ)第二号行政処分執行停止申請について申請人らは左の通り意見を述べます。

意見

一 申請人らは共栄企業組合に加入して営業に関する一切の財産を組合に譲渡し、以来組合事業の従事員として事業に専念し、組合より支給される給料により生計を維持して参りました。

従つて、申請人らは年の中途の加入者で個人所得三万以上の者を除いては、事業所得の申告の義務も納税の義務も負わないものであります。然るに突然昨年十一月十八日以来何ら具体的根拠も示さない税務当局の一方的判定を口実に無法極まる弾圧を受けて参りました。そしてその一環として今回税務当局は給与所得を無視して更正決定(通知)を行い引続き督促状を発して参りました。

二 税務当局が行つた更正決定(通知)は、今迄給与所得に対する源泉税を徴収しながら、給与所得を無視したものであり、又何ら具体的な調査もなさず任意に決定した尨大な税金を押しつけようとしているものであります。

三 これに対して申請人らは給与所得(昭和二十七年中途よりの組合加入者で加入迄の個人所得三万円以上の者は加入迄の個人所得と加入後の給与所得の合算所得)として直ちに異議の申立をなすと共に、法にてらして彼我の正否を明白ならしむべく、御庁にかかる所得税の賦課行為は無効であるとの確認を求める訴訟を起しております。

四 不当な課税に基く行政処分であろうとも、それは適法であり若し最終的に間違つている事が明らかになつた場合損害賠償に応ずればいいとの観点から徴税が行われそれに応じ得ない場合は強制執行を行うことになれば申請人らの受ける損害ははかり知れざる程甚大なるもので、それは生活権をすらおびやかす結果になると思います。何故ならば、申請人らは給与所得以外に何らの収入もなく、その額は一家の生計を維持するだけにしかすぎず、税務当局の一方的な判定に基く課税の徴収に応じ得ないことは明らかであります。従つて次の段階として強制執行が考えられますが申請人らの有する私有財産は家財道具を中心とした僅少な額にしか過ぎず一物も残らず引揚げられても尚税額を満し得ないでありましよう。この場合単に家族を含めた申請人らの社会的信用の失墜のみならず、翌日からの生活すら営み得なくなります。又家屋等不動産の所有者であつても、不動産の処分がなされた場合一家をかかえて路頭に迷わねばならなくなります。

その上組合事業所住居を同じくする為め強制執行時に直接的な営業の妨害を受けることも充分考えられ申請人らの社会的信用の失墜による組合の営業成績の低下と合せて組合自体の給与支給能力を低下せしめ生活の困窮化が懸念されます。これらのことは必然的に悲惨な社会問題の発生を見るでありましようし、その後に損害の賠償を受けても決して取返しのつくものではありません。従つてかかる措置は明らかに憲法第十一条、第十三条、第二十五条を蹂躙するものであり、かかる重大な影響を及ぼす措置は事前に防止さるべきだと思います。

五 一昨年、松江では税務当局の人権を無視し法の運用を誤つた強制執行は直ちに重大な社会問題化し遂に国会の問題となつて衆議院大蔵委員会の調査権発動の決定を見るに至りました。このような強い世論の指弾を受けて遂に差押えて引上げた物件は税務署側より返還してきており関係公務員の責任追求を見た例すらあります。従来各地裁判所では、この種事件については特に慎重な考慮をめぐらし申請人らと同一事件については京都、熊本等で見る如く申請人らの所得が法的に給与であるか事業所得であるか決定する迄は強制執行をしない措置を講じて国民の生活を保護されており、これこそ正しい法の運用だと考えるものであります。

右のような事情で被申請人らが申請人らに対して、物件の差押、引揚げ等の行政処分を続行することになると、申請人らとしては単に経済的な若干の損失というだけでなく、当面の生活の途を絶たれるにも等しいことになるので、行政事件訴訟特例法第十条第二項による行政処分執行停止を求めて本申立をします。

昭和二十八年六月三十日

申請人ら代理人 原憲治

同 今泉三郎

同 練山博

佐賀地方裁判所 御中

3 意見書

申立人 楢林栄(外四十六名)

被申立人 国(外 三名)

右申立人と被申立人間の御庁昭和二十八年(行モ)第二号行政処分執行停止申立事件について、被申立人は次のように意見を述べる。

意見

本件執行停止の申立は却下さるべきである。

理由

第一 本件申立はまだなされていない行政処分の執行停止を求めるものであるから許されない。

申立人等の本件申立の趣旨は申立人等に対する差押、公売の執行の停止を求めるというにある。しかしながら、その申請の理由からしても明らかなように、申立人等に対し、所得税の賦課、その納付の督促はなされているけれども、差押、公売はまだなされていない。

差押、公売はいづれも租税の賦課と勿論、関連があるけれども、これとは一応別個の処分として独立に評価され、その効果を認められるのであつて、(一般に賦課処分の違法性は差押、公売処分に承継せられないとされる。)単純に賦課処分の執行と見らるべきものではない。

ころで、行政事件訴訟特例法(以下特例法という)第十条は行政庁の違法な処分の取消変更を求める訴の提起のあつた場合に裁判所は申立又は職権で処分の執行停止を命じうることとし、他方において行政庁の処分については仮処分に関する民事訴訟法の規定を適用しないとしているのであつて、これはとりも直さず、行政庁の処分があつて初めて裁判所がその適不適法を判断し、同時に一定の場合にはその執行の停止を命じうるとしたものに外ならず、この執行停止の権能はあくまで、現実になされた行政処分の適不適法の判断をするに当り附随的に認められたものに過ぎない。

従つて、申立人等が差押、公売の執行停止を求めるのであれば、このような処分のあつた後に、その取消変更を求める訴を提起して初めて許されるのであつて賦課、督促があり、差押、公売がなされる虞があるからといつて、直ちに、その執行停止を求めうるものでないことは特例法の規定からして明白である。(別紙最高裁判所昭和二十七年(マ)第八号収去処分執行停止申立事件昭和二十八年三月九日言渡決定御参照)

のみならず、また、差押、公売のない本件においては、将来果してこれがなされるか、また、それがなされるとしても、いつであるか、如何なる物に対してであるか等が明かでない現在においては、直ちに、差押、公売により償うことのできない損害を生ずるものとはいえないであろうし、また少くとも、このような損害を避けるため緊急の必要があるとはいえない。

従つて、本件申立は理由のないものとして却下さるべきである。

第二 本件申立事件の本案訴訟における申立人等の請求はいづれも理由のないことが明らかであるから本件申立もまた許されない。

申立人等が本件執行停止申立事件の本案訴訟(御庁昭和二十八年(行)第七号所得税決定処分無効確認請求事件)において求めるところは、申立人等には課税対象となる原因事実が全然存しないのに、これがあるとしてなした本件所得税の賦課処分は無効であるから、その確認を求めるというにある。

申立人等が本件課税処分を無効であるとする理由は要するに申立人等に帰属すべき営業所得が全くないというのであるが、しかしながら、仮りに、本件課税処分に所得帰属の認定を誤つた違法があつても、その瑕疵は外観上明白であるとはいえないから、本件課税処分は単に取消しうるに止まり、当然無効とせらるべきではない。けだし、一般に権利又は法律関係というような形のない理念的なものの存在はその性質上外観により一見して認識しうるというものではないから、その認定の誤も外観上明白であるとはいえないであろう。本件において申立人等の営んでいる営業より生ずる所得が組合に帰属するか、申立人等個人に帰属するかは、権利又は法律関係の存否より構成される抽象的観念的な所得の帰属の如何に関する問題であり、この所得帰属の如何はその外形や名義を離れて、実体的な法律関係を調査して初めて判定さるべき事柄であつて、外観上一見して明白であるとはいえないから、かりに所得の帰属の認定に誤があつても、その誤は外観上明白とはいえない。従つて、仮りに本件課税処分に所得帰属の認定を誤つた違法があるとしても、その瑕疵は外観上明白でなく、本件処分を無効ならしめるものではない。(高松高等裁判所昭和二十六年(ネ)第四六〇号同二七年九月二九日言渡判決行政事件裁判例集第三巻第十号第一九六六頁御参照)

従つて、本件申立の本案訴訟において本件課税処分の無効確認を求める申立人等の請求は明かに理由がない。

一体特例法第十条に規定する行政処分の執行停止の制度の認められる趣旨は違法な行政処分により権利を侵害されたとする者が、その取消、変更を求める訴を提起しても、特例法はこれにより処分の執行を停止しないとする関係上、後に勝訴の確定判決を得ても、既になされた処分の執行により回復し難い損害を蒙る場合もあるので、このような不都合から個人を保護するために、いわば、勝訴の確定判決により形成されるべき状態を予め形成しておくというのであるから、前もつて、本案訴訟につき勝訴の確定判決がえられないことの明白な場合には、処分の執行停止が許されないことは当然である。

従つて、前記のようにその本案訴訟における請求が理由のないことの明白な本件申立はこの点においても却下さるべきである。

第三 差押、公売が執行されても、それにより金銭で償うことのできない損害が生ずるとは認められないから、本件申立は許されない。

特例法第十条にいう償うことのできない損害とは金銭によつて償うことのできない損害を意味することは通説の解しているところであるが、いう迄もなく滞納処分は滞納者の財産権の自らによる処分の禁止及び公の機関による処分であるから、通常滞納処分により生ずる損害は償いうる損害であつて、これにより直ちに償うことのできない損害を生ずるものとはいえず、申立人等のいうように、差押、公売により生活の手段を奪われ生活不能となるようなことは極めて特殊な事情のない限り考えられないのである。

のみならず、立会人等の主張によれば、申立人等は従来個人で経営していた営業に関する一切の財産権を組合加入と同時にこれに譲渡し現在は組合の一従業員として、組合より給与を受けているに過ぎないというのである。そうであるとすれば、差押公売により生活の手段を奪われるという財産は現在の営業に関する財産に外ならず、しかもこれは組合の財産の極く僅少の一部であるということとなり、このような組合の財産に対し、差押、公売がなされても、申立人等が組合に対し給与を請求しうる限り、生活不能になるというようなことはありえない。申立人等の主張する「生活手段は直ちに奪われ社会的信用を完全に失墜し全く再起不能の状態に陥る」というようなことが仮りに起りうるとしても、これは寧ろ申立人等が営業の主体であると主張する組合自体についていわるべきで、自らその一従業員であるとする申立人等についていわるべき事柄ではない。申立人等の右のような主張は全く、事業主とその従業員との立場を混同した議論である。

従つて、本件申立はこの意味においても理由のないものとして却下さるべきである。

昭和二十八年八月十九日

右被申立人指定代理人 家弓吉己

同 小倉馨

同 大神哲成

佐賀地方裁判所民事部御中

(別紙)

昭和二七年(マ)第八号

決定

甲府市堅町七九番地

申立人 横森義貞

右代理人弁護士 皆川健夫

甲府市橘町山梨県庁内

相手方 山梨県知事

天野久

右申立人から当裁判所昭和二六年(オ)第三五四号訴願却下裁決並びに買収決定取消請求事件について、同事件の判決に至るまで申立人所有の別紙目録記載物件に対する収去処分執行停止の申立があつた。

よつて当裁判所は、裁判官全員一致の意見で、次のとおり決定する。

主文

本件執行停止の申立を却下する。

申立の費用は申立人の負担とする。

理由

申立人は、当裁判所昭和二六年(オ)第三五四号訴願却下裁決並びに買収決定取消請求事件の判決に至るまで申立人所有物件に対する収去処分の執行停止を求めるというのである。行政事件訴訟特例法一〇条二項は同法二条の訴の提起のあつた場合に、裁判所は処分の執行停止を命ずることができる旨を規定しているけれども、右の訴訟事件で上告人が取消を求めているのは、山梨県所有の山林に関する未墾地買収計画についての山梨県知事の訴願裁決であつて、上告人所有物件の収去命令ではない。買収計画に対する訴の提起によつて別個の行政処分である収去命令の執行停止を求めることは右特例法一〇条二項のゆるさないところである。

よつて、本件申立を不適法とし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

昭和二八年三月九日

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 霜山精一

裁判官 栗山茂

裁判官 小谷勝重

裁判官 藤田八郎

裁判官 谷村唯一郎

目録

山梨県中巨摩郡清川村上芦沢平見条第一二九四番地

一、参町九反五畝二十七歩内に存立する

赤松、檜、唐松、杉等約二〇八三石

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